メッセージ from 川端 vol.19 平成20年11月10日
「徳の政治」
昨日、職員採用の最終面接試験を実施しました。皆一様に緊張しており、この一瞬に人生をかけているのが見て取れました。こちらも真剣に“言葉”と“魂”のキャッチボールをしてきました。今回から民間人採用枠を新たに導入しましたが、さすがに甲乙つけがたい優秀な方が多くいました。
面接試験で私が重視したのは次の3点です。
1つに、誠実であるかどうか。2つ目に知性。単なる学歴や知識ではなく、社会全般に渡る深い洞察力と探求心があるかどうか。そして、3つ目に、成熟度。オトナであるかどうか。挫折を乗り越え、プレッシャーに耐えうるか、周りを気遣えて人間的魅力があるかどうか。
職員への採用門は狭く、採用に至る過程は過酷です。これだけのものを乗り越えてくる人材ですから採用後市職員としてどう成長し、また一職業人としてどういう軌跡を描いていってくれるのか楽しみです。
さて、先日姫戸町で開催したタウンミーティングの折、70代の方からこのような指摘がありました。
「我々は、やがてこの世から去る。しかし、どうしても心残りである。それは、我々が培ってきた『道徳心』(公の精神)を後進の人々に伝えきれていない。」
「今の世の中は、公から逸脱した個人主義がまかり通る軽薄な世になってしまった。我々が培った精神を後進に伝達できるよう何らかの支援がほしい。」
面喰いました。日々数多の要望を聞いていますが、このような要望を受けたことはありません。この方の要望には私心が微塵もなく、真に後世を憂慮される姿に感嘆するとともに、行政活動について別な観点からの命題に気付かされた思いでした。
戦後日本は経済至上主義で邁進してきた。その結果として物質的豊かさは達成したものの、何かをどこかに置き忘れてきたらしい。それが、日本人の高い精神性であり、公感覚に基づいた道徳的緊張感つまり「徳性」であると。
管子の「四維」に、国づくりに必要な4つの原則、礼、義、廉(れん)、恥(ち)が説かれています。
- 礼…人や国でも、その働きが正しい秩序と調和を保って、その機能が円滑に行われていること。
- 義…礼を支えて、それぞれに意義や使命を社会的に果たしていくこと。
- 廉…社会や国のためという全体の仕合せに立つには、自分を無にして奉仕すること「無私の奉仕」。
- 恥…自分勝手で利己的な姿勢は全体の「公」から見れば、深く恥じなければならない。
時代劇「水戸黄門」では、黄門さまが「恥(はじ)を知れ」と悪者をやっつけます。最近はこの恥を知れと言う言葉が聞かれなくなりました。
かつての日本は、西洋の「罪の文化」に対して「恥の文化」だと形容されるほど、その道徳心は自分の周囲やコミュニティに向かっていました。利己的であることを「恥ずかしい」と感じる心を育てる手段は教育であり、文化です。あるいは、古き良き日本の道徳心を持った人生の先輩方とのコミュニケーションかもしれません。
行政は、市民の幸福を追求していくのと同時に、世代間にできた溝を埋め、なくなりかけた大事な精神をつないでいくことも大事な仕事の一つではないでしょうか。
要は、「徳の政治」です。